ブログ
【犯収法ブログ】令和8年改正犯罪収益移転防止法の概要
2026.07.30
はじめに
「犯罪による収益の移転防止に関する法律の一部を改正する法律」が第221回国会で成立し、令和8年(2026年)6月10日に公布されました(令8法34)。
主な改正内容は次の3点です。
① 預貯金通帳の不正譲渡等に関する罰則の引上げ
② いわゆる「送金バイト」に関する罰則の創設
③ いわゆる「架空名義口座」を利用した新たな措置の創設
このうち①と②は令和8年7月10日から施行されています。③の施行日は、上記公布日から起算して一年を超えない範囲内において、今後政令によって定められます。
本改正は、令和7年(2025年)12月に公表された「金融サービスを悪用したマネー・ローンダリングへの対策に関する報告書」(警察庁・JAFIC)を踏まえたものです。これについては過去の記事(【犯収法ブログ】「金融サービスを悪用したマネー・ローンダリングへの対策に関する報告書」(令和7年12月)の概要と犯罪収益移転防止法の改正動向について)をご覧ください。
なお、本改正とは別に、施行規則の改正によって本人確認方法の見直しが行われることとなっており、令和9年(2027年)4月1日から施行されます。これについては過去の記事(【犯収法ブログ】犯罪収益移転防止法施行規則の改正による本人確認方法の厳格化について)をご覧ください。
改正の全体像
犯収法は、特定事業者に対し、顧客等の取引時確認(本人特定事項の確認等)や疑わしい取引の届出などマネー・ローンダリングを防止するための措置を定めています。今回の改正は、こうした従来の枠組みに加えて、罰則の新設・引上げ(①、②)と新たな捜査手法の整備(③)を行うものです。
本人確認方法の見直しが行政的対応であるのに対し、今回の法改正は刑事法的な内容となっており、全体として、特殊詐欺被害の防止という困難な課題に行政法・刑事法の両面から総合的に対処しようとする政府の姿勢を読み取ることができます。
第一の柱:預貯金通帳等の不正譲渡に対する罰則の引上げ(法25条〜31条)
預貯金通帳やキャッシュカードを不正に譲渡するような行為は、改正前でも旧28条以下で処罰対象とされていましたが、本改正により、法定刑が全体的に引き上げられました。
- 通常の場合:1年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金 → 3年以下の拘禁刑又は500万円以下の罰金
- 業として行う場合:3年以下の拘禁刑又は500万円以下の罰金 → 5年以下の拘禁刑又は1,000万円以下の罰金
法定刑の引き上げに伴い、業として行う場合は組織的犯罪処罰法の適用対象となります。例えば、多数の通帳等を業として不正譲渡すると、その報酬として得た対価は組織的犯罪処罰法上の「犯罪収益」に該当することになります。
また、これらの行為の勧誘・誘引や、顧客等又はその代表者等による本人特定事項の不実告知(法25条)の罰則も同様に引き上げられました。
法定刑が大幅に引き上げられ、業として行う場合が組織的犯罪処罰法上の前提犯罪に位置付けられたことは、当局が預貯金通帳等の不正譲渡を重大な犯罪行為(組織的犯罪の有力なインフラ)として摘発・処罰していくという強い姿勢を示したものと考えられます。もし金融機関等が安易に不正行為を看過し、結果として組織的犯罪の資金洗浄に悪用された場合、コンプライアンス体制の不備に対する行政処分のリスクや深刻な社会的信用の失墜(レピュテーションリスク)は格段に高まる可能性があります。したがって、金融機関等としては、自社のサービスが組織的犯罪を助長する結果とならないよう、水際対策としての「口座開設時の審査の厳格化」を徹底し、既存口座についても「疑わしき取引の届出制度や検知体制の強化」を図る実務対応が不可避になると考えられます。
第二の柱:「送金バイト」に対する罰則の創設(法32条)
送金バイトないし送金犯罪とは、他人から依頼を受け、自己名義の口座を経由して資金を移転させる行為です。
他人に依頼して送金を中継させるという手口は、他人名義口座の不正利用と同様の機能を果たす脱法的行為であるものの、改正前の法28条(改正後の法25条)では「なりすまし目的」や「役務の提供を受けるために必要な」情報の提供が要件とされているため、口座名義人が自己の口座利用を継続する前提で送金を中継する場合、依頼者及び名義人のいずれに対しても同条を直ちに適用することは困難でした。そこで法32条が新設され、「通常の商取引又は金融取引として行われるものであることその他の正当な理由がないのに、自己又は第三者が管理し、又は管理しようとする財産を移転することを目的として、人に、有償で預貯金契約等に係る役務を利用して財産を移転するように依頼する行為等」に対する罰則が新たに設けられました。
同条の1項は、他人に送金犯罪を依頼する行為(及び広告等で他人を誘引する行為)を処罰対象とし、2項は、他人から依頼を受けて送金犯罪を実行する行為(及び自分に依頼するように他人を勧誘・誘引する行為)を処罰対象としています。3項は、業として行った場合の刑の加重を定めています。
法定刑は以下のとおりです。
- 1項及び2項の場合:2年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金
- 業として行った場合:3年以下の拘禁刑又は500万円以下の罰金
この犯罪構成要件の中核をなすのは「特定役務利用財産移転行為」の概念です。
次の3つがこれにあたります(法32条4項)。
- 預貯金契約等役務を利用して自己以外の者に財産を移転する行為
- 預貯金契約等役務を利用して受け取った財産に相当する財産の全部又は一部を自己以外の者に移転する行為
- 預貯金契約等役務を利用して財産を受け取ることを約して、当該財産に相当する財産の全部又は一部を自己以外の者に移転する行為
ここで悪用される可能性がある金融サービスは、銀行などの金融機関が提供する通帳、キャッシュカード、オンライン口座などに限りません。法32条4項1号に「預貯金契約等役務」の定義がありますが、そこには、預貯金取扱事業者のほかに、一定の前払式支払手段発行者、電子決済手段等取引業者、電子決済等取扱業者等、暗号資産交換業者が提供する役務や、一定の為替取引による送金の役務が含まれています。
したがって、一定の暗号資産ウォレット(暗号資産交換用情報)、ステーブルコインの取引が可能な電子決済手段等取引業者が管理するアカウントを利用して他人に財産を移転する行為も、本条の対象になり得ます。
法32条については、適用除外の解釈も重要になると思われます。自己の口座を経由して送金を中継する行為にはさまざまなものがあり、社会的に有用な取引であることも多いためです。そこで同条は、「有償性」と「正当な理由」という二つの要件により、正当な社会経済活動等の一環として行われる送金代行行為を処罰対象から除くこととしています。
それぞれの要件について、当局は次のように説明しています。
・「有償」の要件について

出典:https://www.npa.go.jp/bureau/sosikihanzai/hansyu/hanshu-20260610_ponti.pdf (警察庁ホームページ「『送金犯罪』に関する罰則の創設について」のデータを利用して作成)
・「正当な理由」の要件について

出典:https://www.npa.go.jp/bureau/sosikihanzai/hansyu/hanshu-20260610_ponti.pdf (警察庁ホームページ「『送金犯罪』に関する罰則の創設について」のデータを利用して作成)
第三の柱:「架空名義口座」を利用した新たな措置(口座等犯罪利用防止措置)
第三の柱は、新しい捜査手法の導入です(第4章の2「口座等犯罪利用防止措置」、法19条の2~19条の29)。警察が、金融機関等の協力を得て、名義人の表示等について特別の措置を講じた預貯金口座等(架空名義口座)を開設できるようにするものです。
警察官は、預貯金通帳等の不正譲渡等を勧誘等する者に対してこの口座の通帳等を譲り渡すなど、預貯金口座等が犯罪に利用されることを防止するための措置を講ずることができます。制度の性質上、必要な範囲で警察官の身分等を明らかにしないことを可能とする規定も置かれています。
架空名義口座に財産の移転(入金)等があった場合、入金された財産は、被害者等に原則として返還されます。返還されなかった財産は、一定の手続を経て、他の被害者の被害回復のための給付金(特定被害回復給付金)の原資とされ、なお残余した金銭は都道府県において犯罪被害者等の支援施策に充てるよう努めることとされています。
金融機関にとっては、捜査機関との連携の在り方や口座運用面での対応が実務上の論点となり得ます。本制度に係る部分は、公布の日(令和8年6月10日)から起算して1年を超えない範囲内で政令で定める日から施行されます。
実務上の留意点
罰則の引上げ及び送金バイト処罰規定の新設(第一・第二の柱)は、令和8年7月10日から施行されています。
法32条は主体を限定しない刑事罰規定なので、個人であれ法人であれ、自己の預貯金口座等を利用して送金代行を行うと、送金犯罪に該当する可能性があります。特に事業者が行う場合は有償であることが多いと考えられるため、「正当な理由」の有無が重要になります。例えば、継続的取引関係がない相手方から依頼を受けて送金を中継するようなケースでは、相手方の素性に加え、送金の目的に関する契約上の整理やそもそもの送金の中継を行うことの必要性について、慎重に確認を行う必要があります。
両罰規定があるので、違反すると当該法人及び関与した個人の双方が処罰される可能性があります。
なお、新設された送金犯罪(法32条)と組織的犯罪処罰法に規定される既存のマネー・ローンダリング罪である犯罪収益等隠匿・収受罪(組織的犯罪処罰法10条・11条)との最大の違いは、客観的な「前提犯罪の存在」及び「対象財産が犯罪収益等であることの認識(故意)」を構成要件とするか否かにあります。既存のマネロン罪は、客観的に特殊詐欺や窃盗といった特定の犯罪によって得られた「犯罪収益等」を対象とすることが前提であり、行為者にその認識(未必の故意を含む)が必要です。これに対して新設の法32条は、財産の源泉がクリーンか否かを問わず、「正当な理由がないのに、有償で口座等を利用して資金を移転させる行為(送金中継)」そのものを独立して処罰します。したがって、客観的に特殊詐欺の犯罪収益であることを知りながら送金バイトに加担したケースでは、法32条の送金犯罪(犯収法違反)と、既存の犯罪収益等隠匿・収受罪(組織的犯罪処罰法違反等)の双方が成立し、これらは1つの行為が複数の罪名に触れるものとして観念的競合(刑法54条1項前段)になることが多いのではないかと考えられます。
国会審議に際しては、衆議院及び参議院の各内閣委員会において、送金バイトに係る行為が違法であることの周知について附帯決議がなされており、行為の違法性に関する周知・広報の強化が求められています。各種サービスの利用者(とくに送金バイトに巻き込まれるリスクが高い若者等)に対しては、銀行等に限らず、暗号資産やステーブルコインを扱う事業者からも積極的な注意喚起が期待されるところです。
第三の柱である架空名義口座制度の施行に向けては、国家公安委員会規則で定める運用手続の詳細、金融機関に求められる協力の範囲、特定被害回復給付金の支給要件の具体化などが今後の論点となりそうです。
フィンテックや暗号資産といった技術革新との整合性をどのように確保するか、また、今後予定されるFATF第5次対日相互審査も見据えた制度の実効性の確保も、引き続き重要なポイントとなります。
近年のフィンテックの急速な発展に伴い、暗号資産やステーブルコインといった電子決済手段は、銀行口座を介さない即時かつ匿名性の高い資金移転インフラを世界規模で構築しましたが、本改正(法32条4項1号)が、処罰対象の「特定役務利用財産移転行為」に関し、「預貯金契約等役務」の対象に暗号資産交換業や電子決済手段等取引業が提供する役務を広く含めたのは、先端技術の悪用(デジタル空間での巧妙な送金バイト行為)に対応するものと考えられます。もっとも、新たな決済技術が登場するたびに、規制の射程との整合性を常に維持・アップデートしていく必要が生じるため、今後も実務的に課題が生じるケースは多く見込まれます。
また、国際基準(FATF勧告)では、暗号資産交換業者(VASP)等を含む新興の資金移転手段に対し、加盟国が刑事的・行政的双方のアプローチで「実効性があり、かつ抑止力のある法執行体制」を敷くことを強く要求しています。日本は、第4次審査では、辛うじて法令等整備水準が合格基準を満たしたものの、他国と比べてやや見劣りする位置づけであり、重点フォローアップ相当だと評価されました。今回の法改正による「送金バイト犯罪の網羅的な処罰(刑事罰の創設)」と、一種のおとり運用の性質を持つ「架空名義口座制度(新たな捜査手法)の導入」は、我が国が最先端のマネロンリスクを正確にコントロールし、国際基準を満たす実効的な体制を備えていることを国際審査において証明する1つの指標となると考えられます。しかし、前述のとおり法執行体制の実効性等が要求されており、2027年秋頃にオンサイト審査の基礎資料となる法令遵守状況(TC)に関する自己申告書の提出が予定されていることを踏まえると(審査団が来日して実施されるオンサイト審査は2028年夏)、法令等の遵守状況、運用状況等について厳しく審査されることが予想されます。特に、第4次審査では、「金融機関等の監督・予防措置」、「マネロンの捜査・訴追・制裁」等の項目が、合格水準を満たさないと評価されたことからすれば、当局等が本改正に関しても金融機関等に対しての働きかけを強化していくことが予想されます。そのため、本改正の適用状況及び運用上で求められる対応等について、引き続き動向を注視することが重要です。
(参考資料)
犯罪による収益の移転防止に関する法律の一部を改正する法律(令和8年法律第34号)概要・要綱・本文・新旧対照表(警察庁)
https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/jafic/hourei/hotop.htm
令和8年犯罪収益移転防止法の改正について(施行情報)(警察庁)
https://www.npa.go.jp/bureau/sosikihanzai/hansyu/houritukaisei.html
犯罪による収益の移転防止に関する法律の一部を改正する法律(概要)(令和8年6月・警察庁)
https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/jafic/hourei/260610/05_sankousiryou.pdf
https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/jafic/kondankai/data/20251225houkokusho.pdf
犯罪による収益の移転防止に関する法律の一部を改正する法律の一部の施行について(通達)(令和8年6月10日・警察庁)
https://www.npa.go.jp/bureau/sosikihanzai/hansyu/hanshu-20260610_kouhu.pdf
5次のトリセツ―FATF第5次対日相互審査で示す官民のチカラ― ―第1回:序論(財務省)―
https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/202605/202605l.html
5次のトリセツ―FATF第5次対日相互審査で示す官民のチカラ― ―第2回:IO1(マネロン等リスクの認識・協調)―(財務省)
https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/202606/202606f.html






