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【デジタル円ブログ⑫】デジタル円の「上限」や「付利(後編)
2025.03.21
はじめに
弁護士の川上貴寛です。
さて、このブログは、2021年7月から2024年6月まで日本銀行に出向し、デジタル円発行の検討に携わっていた私が、様々な観点からデジタル円の利用イメージやその法的論点について連載形式でご紹介していくものです。
その他このブログの目的等については、「【デジタル円ブログ】ブログ開始のご挨拶」をご参照ください。
さて、今回の記事は、以下の予告テーマのうち、「5.デジタル円の「上限」や「付利」」の中編です。前編と中編のほか、過去記事であるテーマ1~4についても、以下のリンクから是非ご覧ください。
1.デジタル円の基本的な利用イメージと「法貨」であることの意義(前編)・(後編)
2.デジタル円の流通を担う「仲介機関」とは?担い得る業態と規制(前編)・(中編)・(後編)
3.デジタル円におけるプライバシーとAML/CFTのバランス(前編)・(後編)
4.デジタル円の「追加サービス」の内容と提供主体(前編)・(後編)
5.デジタル円の「上限」や「付利」(前編)・(中編)
6.デジタル円の私法的性質(債権か、物権か、それ以外か)
7.「デジタル円偽造罪」は必要か?
前編・中編のおさらい
前編では、デジタル円の「上限」や「付利」とは何なのかについて簡単にご説明しました。
「上限」とはデジタル円の保有額や取引額に上限を設けること、「付利」とはデジタル円にマイナスやプラスの金利を付すことなどをそれぞれ意味します。
中編では、「上限」を実現するためにはデジタル円の「オートチャージ」(自動入金)と「オートスイング」(自動出金)の機能が必要と考えられること、保有額上限と取引額上限のうち前者がより重要であること、そして、保有額上限を法的に実現するためのアイデアについて議論しました。
今回は、本テーマの締めくくりとして、デジタル円における「付利」について考えていきます。
付利の実現可能性
デジタル円の「付利」とは、デジタル円にマイナスやプラスの金利を付すことや、ユーザから課金を徴収することを意味します。要するに、「利息を付ける」ということです。
日本を含む多くの主要法域において、CBDCに対する付利が制度設計上の選択肢として検討されています。
しかし、(前編)でご紹介したように、日本のデジタル円に関する検討においては、付利の選択肢について、以下のように、すでに否定的な評価が(暫定的ながら)示されているところです。
「保有額制限は、銀行預金からCBDCへの資金シフトを直接制限できるものと考えられる一方、手数料による対応(引用者注:「付利」、特にマイナス金利を適用することと経済的には同義です)は、CBDCを保有する魅力を低減させることを通じて資金シフトを間接的に制限するものであるため、特に金融ストレス時において機能しない可能性もあり、その効果は必ずしも明確ではない。こうしたことを踏まえれば、セーフガード措置としては、保有額制限を主軸として検討していくべきと考えられる。その際、平常時からセーフガード措置を講じつつも、経済・社会情勢等に応じて柔軟に内容を変更したり、金融ストレス時には追加的な措置を講じることも含めて、検討すべきである。」(「CBDC(中央銀行デジタル通貨)に関する関係府省庁・日本銀行連絡会議 中間整理」3.(2)③。下線は引用者)
このように、少なくとも直近の議論の状況に照らすと、日本でデジタル円が導入された場合に、付利があわせて導入される可能性は現時点では高いとはいえません。
もっとも、上記の検討状況はあくまで現時点のものに過ぎず、今後、付利の当否について最終的に決定するにあたっては、デジタル円に対する付利を法的に実現することの可否・方法の検討は避けられない論点であるため、以下では、付利のあり得る法律構成について考えてみたいと思います。
付利の法律構成
デジタル円に対する付利をどのように法的に構成するかは、デジタル円の法的性質(私法上、どのような性質のものと位置付けられるか)によるところが大きいと考えられます。詳細は次回のテーマである「6.デジタル円の私法的性質(債権か、物権か、それ以外か)」で述べますが、付利について考えるうえでは、特に、デジタル円が何らかの金銭債権であるか否かの区別が重要となります。
一般に、利息とは「元本の利用対価」(借りたり預かったりしたお金を使用することに対して支払う報酬や費用)であると説明されます。つまり利息には、必ず「元本」であるところの銀行預金(消費寄託契約)やローン(消費貸借契約)が前提として存在します。
このため、デジタル円が金銭債権である場合には、デジタル円に対する「付利」という機能を法律上「利息」と位置付けることができるでしょう(※)。
※ ただし、デジタル円が金銭債権である場合に可能となる「利息」も、あくまでも「プラス金利」に限られ、「マイナス金利」については、別途の法律構成を考える必要があります。この点については、平成28年1月に日本銀行が日本銀行当座預金の残高の一部に対して-0.1%のマイナス金利を導入することを決定したことに関して、金融法委員会が公表した「マイナス金利の導入に伴って生ずる契約解釈上の問題に対する考え方の整理」が参考となります(そこでは、「(利息の性質は)一般に元本利用の対価と考えられるから、その性質上、借入人が貸付人に支払うべきものであり、貸付人が支払うべきものとは解されない。」として、マイナス金利を通常の意味における「利息」として位置付けることの難しさが指摘されています)。
これに対して、デジタル円を、金銭債権ではなく、例えば、現金と同じように単に「価値」を表章するもの(「価値を表章する有体物」である現金について、媒体を「無体物」に置き換えたもの)と捉えた場合には、機能的には「付利」と言いつつも、法律上は「利息」とは別の意味合いを与える必要があるでしょう。
例えば、上記の考え方によれば、デジタル円に対して適用されるプラス金利は、私法上は日本銀行・ユーザ間の贈与契約に基づき給付される財産的な価値と構成することができるかもしれません(参考として、企業によるポイントプログラムを「停止条件付き贈与契約」と解する見解もあります(上田正勝「企業が提供するポイントプログラムの加入者(個人)に係る所得税の課税関係について」))。ただし、このようにプラス金利を日本銀行からユーザへの贈与と構成する場合には、日本銀行とユーザのそれぞれにおいて、金利が税法上どのように取り扱われるかについても別途検討する必要がありそうです。
また、プラス金利を、日本銀行とユーザ間の契約に基づくものではなく、デジタル円が表章する価値が経時的に増加していくものと構成する考え方も(頭の体操的には)あり得るかもしれません。
デジタル円を「価値」を表章する無体物と捉えた場合には、マイナス金利についても、プラス金利と同じように、ユーザから日本銀行に対する贈与と構成する余地が理論上はありそうですが、(同じく税法上の取扱いが問題になると思いますが、それ以前の問題として)ユーザである国民や企業の多くが日本銀行に対して贈与を行っていると整理するのは、当事者の意思とは乖離し、さすがに奇想天外すぎるように思われます。
また、マイナス金利についても、贈与等の契約ではなく、デジタル円が表章する価値が経時的に減少していくと構成する考え方もあり得ます。この法律構成には、いわゆる「自由貨幣」という類似のコンセプトがあります。「自由貨幣」とは、ドイツの経済学者で実業家でもあったシルビオ・ゲゼル(1862~1930)が提唱した考え方で、価値が期間ごとに下がる性質を持つ貨幣のことをいい、具体的には、紙幣にスタンプ(印紙)を貼る欄を設け、期日が来たらスタンプを購入して貼付することを義務付ける(「1万円札を使うためには、毎月100円のスタンプを貼付する」など)ことで、貨幣に保有コストを与えて額面を維持したまま実質的な価値を減らすという「スタンプ紙幣」の仕組みが提案されていたようです。
もっとも、(前編)でも紹介した、日本銀行副総裁・内田眞一氏による挨拶での「学界等でマイナス金利実現の観点からCBDCの付利機能を使うというアイデアが語られることがありますが、こうした観点でCBDCを導入することはありません。そうした「動機」に、国民的合意が得られるとは考えられませんし、実務的にも、現金が並存することを考えると現実性がありません。」という発言が正しく指摘しているように、仮にデジタル円に利息が導入されるとしても、マイナス金利が導入される可能性は(法律構成以前の問題として)極めて低いでしょう。
そのため、もしデジタル円の利用に関して何らかの費用ないし料金を徴収する場合には、「マイナス金利」(すなわち、企業や個人による貸出や投資を促進する手段)ではなく、単純に「手数料」(デジタル円のインフラやシステムの運営に要する費用を賄うためのもの)という形式をとることになるのではないでしょうか。
このように、デジタル円で付利が実現される可能性は現時点では高くないと言えますが、実際に実現しようとした場合の法律構成としては実に様々なものが考えられ、法律家にとっては興味深い論点ではあります。
おわりに~次回予告~
以上で、「5.デジタル円の「上限」や「付利」」に関する検討を終了します。前中後編と3回にわたってしまいましたが、最後まで読んでいただきましてありがとうございました。
次回は、「6.デジタル円の私法的性質(債権か、物権か、それ以外か)」のテーマについて検討したいと思います。
ご期待ください。
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