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シリーズ:トランプ2.0 の動向と対応 ~その⑦IEEPA関税還付をめぐる訴訟の現在地~
2026.02.20
IEEPA関税還付をめぐる訴訟の現在地
トランプ大統領は、国際経済非常事態権限法(International Emergency Economic Powers Act、以下「IEEPA」)に基づき、すべての輸入品に相互関税を課すとともに、薬物・不法移民の流入防止を目的とする追加関税措置を導入した。これらの関税措置の合憲性については、現在、米国連邦最高裁判所の判断が待たれている[1]。
もっとも、仮にIEEPA関税が違憲・違法と判断されたとしても、支払済みのIEEPA関税の還付を必ずしも受けられないおそれがある。そのため、多くの企業が、米国国際貿易裁判所(United States Court of International Trade、以下「CIT」)に対し、IEEPA関税の違法性確認及び還付を求める訴訟を提起している。
訴訟を提起した企業のうち、本稿ではコストコを例に取り上げる。コストコは、自社の事案においてもV.O.S. Selections, Inc v. Trumpと同様の判断[2]、すなわちIEEPA関税が違法であるとの判断を求めるとともに、今後のIEEPA関税の賦課・執行の差止めおよび支払済みIEEPA関税の法定利息付返還を求めている。
米国の通関実務において、輸入者はまず輸入時に推定関税(estimated duty)を納付し、その後1年以内(通常の実務サイクル上は314日以内)に米国税関・国境警備局(U.S. Customs and Border Protection、以下「CBP」)から通知される確定関税(final assessed duty)との差異があれば、その差額が追加徴収又は還付される。この最終的な関税額の確定手続きが「清算(liquidation)」である。
コストコは、IEEPA関税訴訟で違憲判決が確定したとしても、清算済みであることを理由に還付を受けられないリスクがあるとして、以下の点を主張している[3]。
- 清算の延長申請(liquidation extension request)についてCBPが現状これを認めておらず、清算の先送りができないこと
- 清算後は異議申立て(protest)制度が存在するものの、判例上、CBPが大統領令に従うのみの裁量のない事務的行為として関税を賦課している場合には、protestの対象にならないとされていること
- In re Section 301 CasesやTarget v. United Statesの先例によれば、適時の提訴など所定の手続を経ないまま輸入申告が清算されてしまうと、その後に当該関税の違法性が認定されたとしても、輸入者の返還請求が認められない可能性があると指摘されていること
【清算前後におけるIEEPA関税還付の手段】
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清算の前後 |
IEEPA関税の還付を受ける手段 |
概要 |
主なリスク |
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精算前 |
CBPへの清算延長申請 |
「good cause(正当な理由)」があれば法令上は清算時期の延長が可能とされる。 |
実務上、CBPは延長申請を認めていない。 |
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CBPへの事後修正申立て |
IEEPA関税が違法との判断を前提に、CBPに修正を申し立てる選択肢がある。 |
CBPは大統領令に拘束される立場にあり、違法性を独自に判断する権限を有しないため、違憲判決があっても応じない可能性がある。 |
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CITへの清算の仮差止申立て(pre-liquidation CIT Litigation) |
28 U.S.C. §1581 (i)に基づき、IEEPA関税の清算の仮差止めを求める手続。 |
2025年12月15日 、CITは、AGS Company Automotive Solutions v. United States(以下「AGS事件」) において、2政府の司法的禁反言及び裁判所の再清算命令権を前提に「不可逆的損害はない」として仮差止を棄却した。 |
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精算後 |
CBPへの異議申立て |
清算後180日以内に清算内容に対する異議を申し立てる制度(19 U.S.C. § 1514)。 |
AGS事件や RIMCO Inc. v. United States 等の先例によれば、CBPが単に大統領令に従い関税を徴収しているにすぎない場合、CBPに合憲性判断権限がなく異議申立ての対象とならない。 |
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CITへの訴訟提起(post-litigation CIT liquidation) |
原則として、異議申立ての棄却から180日以内に28 U.S.C. §1581 (a)に基づき提訴可能。関税又は関税行政に関する法律に基づく訴えであり、他の管轄条項による救済が著しく不十分な場合には、同§1581 (i)に基づく訴えも可能。 |
AGS事件では、IEEPA関税の合憲性についてCBPに判断権限がないことから異議申立ては「無意味」であり、28 U.S.C. §1581 (i)に基づきCITが 他方で、将来最高裁が IEEPA を「関税賦課の根拠となり得ない」と解釈した場合、IEEPA 関税に関する § 1581(i) 管轄の位置付けがどのように整理されるかは不透明である。 |
[1] V.O.S. Selections, Inc v. Trump事件他。米国連邦最高裁は2025年11月5日に口頭弁論を実施。判決は2026年春頃には出る可能性が高く、遅くとも6月までには出るとされるが、現時点では不明。
[3] https://www.courtlistener.com/docket/71973233/costco-wholesale-corporation-v-united-states/
AGS事件におけるIEEPA関税清算差止の棄却
CITは2025年12月15日の判決において、IEEPA関税の清算手続の仮差止を求めたAGS Company Automotive Solutionsの申立てを棄却した。
原告は、IEEPA関税に関する大統領令に従ってCBPがIEEPA関税を徴収した行為は裁量のない事務的行為にすぎず、清算後に異議申立てをすることができない可能性があるため、その後の§1581(a)訴訟も提起できず、結果として還付を受けられないおそれがあると主張した。
これに対してCITは、主として次の点を理由として、清算によって還付を受ける権利に対する「不可逆的損害(irreparable harm)」を否定した[4]。
- 本件及び関連事件において、政府が、IEEPA関税が最終的に違法と判断され、裁判所から再清算を命じられた場合には、それに異議を唱えない旨を繰り返し明言しており、政府は自らのこの立場と矛盾する主張を将来行うことについて司法的禁反言(judicial estoppel)によって制約されること(3-5頁)
- 関税の合憲性を争う類型の事案では、税関は合憲性判断を行う権限がなく、異議申立てのルートは「無意味」であるとされており、その場合には§1581(i) に基づき CIT が 再清算を命じ得るとの先例が存在すること(7頁)。
[4] https://www.cit.uscourts.gov/sites/cit/files/25-154.pdf
その後の新規訴訟と手続の停止
もっとも、AGS事件判決後も企業による新規提訴は続いている。CITは2025年12月23日、IEEPA関税に関する新規の還付訴訟についても、最高裁判決まで審理を停止(stay)する事務手続命令(administrative order)を発出した[5]。当該命令においてCITは、当事者が停止解除を求める場合には早期審理を正当化する理由の提示を求める一方で、最高裁判決後に、裁判所が自発的(sua sponte)に停止を解除し、適切な次の措置(appropriate next steps)を示すことを明らかにした。
[5] https://www.cit.uscourts.gov/sites/cit/files/Administrative%20Order%2025-02.pdf
提訴が継続している現状
このように、清算手続の停止を求める訴えは棄却・停止され、清算自体は継続している一方で、IEEPA関税の還付等を求める企業による訴訟提起はなお続いている。その背景として、概ね次の点が指摘されている。
- 最高裁判決前に自ら裁判所の管轄下に入り、将来の違憲・違法判断の具体的な救済の対象となる事件として位置付けておきたいこと。
- AGS事件判決より28 U.S.C. §1581 (i)に基づく管轄が確認されたものの、最高裁がIEEPAを関税賦課の根拠規定と認めない判断をした場合に、同条に基づく管轄がどのように整理されるかが不透明であること。
- 最高裁判決後にCITや政府が、どの範囲の輸入者について還付を認めるのかが現時点で明らかでなく、すべての輸入者に対する一律の還付が行われることを前提とすることができないこと
- 政府は裁判所に再清算や還付を命じる権限を争わない姿勢を示しているにとどまり、個々の事件においてその権限が実際に行使されることまでは保証していないこと。
このような事情から、多くの企業は、最高裁の最終判断やその後の行政・司法の運用を待つだけではなく、自社の IEEPA 関税について返金を受ける権利を確実に確保する観点から、少なくとも訴訟を提起して「裁判所の前に案件を置いておく」ことを、実務上もっとも安全な選択肢の一つと位置付けていると考えられる。
TMI総合法律事務所 弁護士
上野一英、近藤僚子、石原慎一郎、櫻木伸也、富井湧、山田怜央、岩井原雅人、新村凌大
■ 過去のトランプ2.0の措置に関するブログもご参照ください。
その① 相互関税・自動車関税等の最新動向(2025年2月21日)
その② 関税賦課の法的根拠(2025年3月18日)
その③ トランプ政権による相互関税等の動静(2025年5月7日)
その④ 関税措置の一部を違法と判断した国際貿易裁判所の内容と影響
その⑤ トランプ関税の最終局面と企業の法的リスクマネジメント
その⑥ 関税措置の一部を違法と判断した控訴審判決の内容と今後の展開~
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