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【デジタル円ブログ⑭・番外編】「連絡会議第2次中間整理」を読む(前編)
2025.06.26
はじめに
弁護士の川上貴寛です。
このブログは、2021年7月から2024年6月まで日本銀行に出向し、デジタル円発行の検討に携わっていた私が、様々な観点からデジタル円の利用イメージやその法的論点について連載形式でご紹介していくものです。
その他このブログの目的等については、「【デジタル円ブログ】ブログ開始のご挨拶」をご参照ください。
さて、前回の記事は、以下の予告テーマのうち、「6.デジタル円の法的性質(債権か、物権か、それ以外か)」の前編でした。
1.デジタル円の基本的な利用イメージと「法貨」であることの意義(前編)・(後編)
2.デジタル円の流通を担う「仲介機関」とは?担い得る業態と規制(前編)・(中編)・(後編)
3.デジタル円におけるプライバシーとAML/CFTのバランス(前編)・(後編)
4.デジタル円の「追加サービス」の内容と提供主体(前編)・(後編)
5.デジタル円の「上限」や「付利」(前編)・(中編)・(後編)
6.デジタル円の法的性質(債権か、物権か、それ以外か)(前編)
7.「デジタル円偽造罪」は必要か?
この連載の間、2025年5月22日に、「CBDC(中央銀行デジタル通貨)に関する関係府省庁・日本銀行連絡会議」(以下「連絡会議」といいます。」)から、「第2次中間整理」が公表されました。
そこで今回から3回(予定)にわたり、番外編として、第2次中間整理の主なポイントを整理してみたいと思います。
第2次中間整理の位置付け
連絡会議(局長級)が2024年4月に「(第1次)中間整理」を公表した後、より実務的な議論を行う目的で「幹事会」(課長級)が設置・実施されてきました。
幹事会では、「他の論点の検討のために先んじて議論すべき事項や、関係府省庁や日本銀行との横断的な議論の必要性などからより時間を要し得る事項」として、以下の3つのテーマが先行的に議論されていました(第2次中間整理4.参照)。
⑴私法上の整理
⑵プライバシーの保護とデータの利活用/公共政策上の要請の両立
⑶各種の民間決済手段との役割分担
第2次中間整理は、幹事会における上記⑴~⑶の各論点に関する議論を取りまとめたものです。
「今後、発行の実現可能性を検討するにあたっては、諸外国における検討状況や、我が国における経済・社会情勢や決済を取り巻く環境・課題の変化、今後の技術面における進展等を踏まえつつ、改めて検討することになる」(同上)という留保は付されていますが、後述するように、各論点について最終的な着地点が相応に定まってきている印象があります。
他方で、「日本銀行と仲介機関の役割分担(垂直的共存)や、刑事法・通貨法などのその他法令に基づく法令面の対応などについては、今後改めて議論を進めていく必要がある。」(同上)とされており、これらの論点の整理は今後に持ち越しとされています。
第2次中間整理の読み方
第2次中間整理は、上記⑴~⑶の各論点について、共通して以下の二段構成で記述されています。
①幹事会における議論
②連絡会議としての基本的な考え方と今後の議論について
つまり、幹事会(課長級)で行われた実務的・具体的な議論を整理・紹介したうえで(①)、連絡会議(局長級)がその内容を暫定的に採用ないし承認する、または今後の検討課題であることを確認する(②)という構造です(分量的にも、①がボリューミーで、②がコンパクトになっています。)。
したがって、デジタル円に関する法制度的検討の現在までの到達点を確かめるという観点からは、まず②の部分を読むのがよいでしょう。そのうえで、必要に応じて、議論の過程や背景的な考え方を知るために、①を参照するという読み方がよいでしょう(もちろんご興味があればじっくりと通読することもおすすめです。)。
では早速、各論点に関する整理の内容をみていきましょう。
⑴私法上の整理――総論
第2次中間整理において、連絡会議は、幹事会での議論を踏まえて以下の3点を「基本的な考え方と今後の議論の方向性」として整理しました(第2次中間整理4.⑴②)。
論点 |
整理 |
動的安全性 |
法貨として、移転などにおいて現金と同等の動的安全性を確保すること |
静的安全性 |
不正利用対応などにおいてデジタル財産としてのトレーサビリティを活用し不当利得返還請求を容易にする、データ消失や記録の変造においては台帳記録から正当な残高を復帰させるなどの手段により、現状の金銭より高い水準の権利保護も追求すること |
強制執行対応機関 |
CBDCに関する強制執行については、仲介機関を通じて行うこと |
⑴私法上の整理――各論その1:デジタル円に「占有=所有」原則を適用
まず「動的安全性」からみていきます。
論点 |
整理 |
動的安全性 |
法貨として、移転などにおいて現金と同等の動的安全性を確保すること |
「現金と同等の動的安全性」という言葉の具体的な意味は、前段で紹介されている幹事会での議論に表れています。
そこでは、デジタル円は「現金と同様の機能・性質を多く持つものであり、決済手段として広く受け入れられるべきことからも、……強制通用力を有する法貨に相応する取引安全の保護が必要であり、現金と同等の権利保護がその一つの基準となる」(第2次中間整理4.⑴①(ア))。そして、「金銭については、所有権が占有者に帰属し、占有の移転と共に所有権も移転する『所有と占有の一致』が原則となる」ところ(第2次中間整理4.⑴①(イ))、デジタル円でも、「現状の金銭と同様に動的安全性を重んじ、原則として、CBDCの受取人や転得者への移転には影響しない(送金者は不当利得返還請求を通じて権利回復を行う)ものとすることが望ましい」(第2次中間整理4.⑴①(ウ))とされています。
つまり「現金と同等の動的安全性」を確保するということは、デジタル円の移転に関する法律関係について、現金と同様、「所有と占有の一致」原則を適用するという意味に解されます。
これは、結論だけをみれば、(デジタル円とは現金を無体化した決済手段である以上)ある意味当然のことを述べているようにも思えます。
しかし、幹事会では、現金のほかにも、電子記録債権、銀行預金、電子マネー、電子決済手段や暗号資産といった、さまざまな既存のデジタル財産が、いわば“デジタル円の法的性質の選択肢”として検討されていました(第2次中間整理4.⑴①(イ))。このような選択肢の幅広さを踏まえると、上記のようにデジタル円の移転について現金と同様の枠組みで整理する方向性を、この段階で明確に打ち出したことは、非常に思い切った判断であり、日本におけるデジタル円の法的性質に関する議論を一気に前進させるものであると評価できます。
デジタル円の動的安全性を現金と同様に捉える場合であっても、なお次のような論点について、今後の検討が必要であるとされています(第2次中間整理4.⑴①(ウ))。
- デジタル円を「金銭」の定義に含めるべきか否か(これは、例えば「債権の目的物が金銭であるときは、債務者は、その選択に従い、各種の通貨で弁済をすることができる。」とする民法402条1項等の規定をデジタル円に直接適用すべきかどうか、という問題意識に基づくものであると思われます。)。
- 「占有」を観念できる「物」としての「金銭」と、「占有」を観念できないデジタル円の取扱いの整合性についてどう考えるべきか(これは、デジタル円に現金と同じ「所有と占有の一致」原則を適用した場合に、肝心の「占有」をデジタル円の場合にどう考えるか、という問題意識に基づくものであると思われます。)。
これらはいずれも重要かつ難しい論点ですので、むしろ議論が白熱してくるのはこれから、といったところかもしれません。今後の幹事会等での議論にますます注目です。
⑴私法上の整理――各論その2:現金を超えた権利保護
論点 |
整理 |
静的安全性 |
不正利用対応などにおいてデジタル財産としてのトレーサビリティを活用し不当利得返還請求を容易にする、データ消失や記録の変造においては台帳記録から正当な残高を復帰させるなどの手段により、現状の金銭より高い水準の権利保護も追求すること |
上記のとおり、デジタル円に「占有=所有」原則を適用した結果、例えば、
- なりすましによる支払(現金であれば、財布が盗まれる「窃取」のケースに相当)
- 詐欺等による原因関係の取消し
- 送金指示の誤り(現金であれば、あまり考えられませんが、間違って別の人に手渡してしまうケースに相当)
等の場合でも、現金の場合と同様に、デジタル円の受取人や転得者への移転には影響がなく、元の保有者は不当利得返還請求等を通じて権利の回復を図ることになります(第2次中間整理4.⑴①(ウ))。例えば、騙取金によって騙取者の債務が弁済された場合において、弁済を受けた債権者が騙取の事実に悪意や重過失があるときは、被害者(被騙取者)による債権者に対する不当利得返還請求が認められるとする判例があります(最高裁昭和49年9月26日判決))。
もっとも、現金の場合には、例えば「窃取」のケースですと、そもそも盗んだ犯人やその犯人が現金を支払った相手を特定すること自体が困難な場合が多いため、理論上は不法行為責任の追及や不当利得返還請求が可能ではあっても、実際に被害回復を図ることは容易ではありません。しかし、デジタル円の場合には、デジタル財産ならではのトレーサビリティ(追跡可能性)があるため、これを活かして犯人の特定等を容易にする余地があるかもしれません(第2次中間整理4.⑴①(ウ))。
また、現金の場合には、一部の券面が残存していれば全部または一部の引換えを受ける余地はあるものの(日本銀行法48条、日本銀行HP「日本銀行が行う損傷現金の引換えについて」)、紛失等したときは諦めるしかありません。しかし、デジタル円の場合には、データ消失や記録の変造等がされたときでも、台帳記録をもとに残高を復活させるといったことも考えられるところです(第2次中間整理4.⑴①(ウ))。
第2次中間整理では、このように、現状の現金よりも高い水準の権利保護を追求することが基本的な考え方として確認されました(第2次中間整理4.⑴②)。「占有=所有」原則を適用することで、基本的な法律関係を現金と同様に整理しつつ、デジタル通貨の特性を活かして、より高い静的安全性を実現しようとするこの方向性は意欲的です。“現在の現金よりも安全な現金”が実現することになれば、デジタル円の社会的意義は大きなものとなるでしょう。
なおそのうえで、「利用者の権利保護などについて、立法などによりCBDCの法的性質を明確化するか、金銭などに関するこれまでの判例に基づく形で個別事例ごとに対応されるべきか」という保護の具体的実現方法に関しては、今後の検討課題とされています(第2次中間整理4.⑴①(ウ))。
⑴私法上の整理――各論その3:仲介機関による強制執行対応
論点 |
整理 |
強制執行対応機関 |
CBDCに関する強制執行については、仲介機関を通じて行うこと |
「CBDCに関する強制執行については、仲介機関を通じて行うこと」が基本方針として明確に示されました(第2次中間整理4.⑴②)。
幹事会においても、「CBDCに関する強制執行については、具体的にどのような権利を差押えの対象とするかなど、引き続き検討を要する事項はあるが、手続の流れとしては、執行裁判所から差押命令の送達を受けた仲介機関が対応する仕組みを考える」(第2次中間整理4.⑴①(ウ))とされていたため、この議論を採用した形です。
そのうえで、以下の点は今後の検討課題とされています(第2次中間整理4.⑴②)。
- デジタル円に関する強制執行の扱いについて、「その他の財産権」(民事執行法167条1項)における定めなど現行の規定をベースに対応するべきか、あるいは特別な定めを置くべきか
- デジタル円に関する強制執行に対応する仲介機関を特定するために、一元化された手続を整備するかどうか(これは、「対応する仲介機関を照会する仕組み」の要否・適否を指しているものと思われます(第2次中間整理⑴①(イ))
このうち、前者は基本的には技術的な問題であると思われますが、後者は、デジタル円に対する強制執行の容易性や実効性に直結する論点であるため、重要度が高いです。なお、「仮にこうした仕組みを設ける場合には……公的要請への対応とプライバシー保護の両立にも配慮する必要がある。」という留意点も述べられています(第2次中間整理脚注11)。
おわりに~次回予告~
次回は、第2次中間整理における「⑵プライバシーの保護とデータの利活用/公共政策上の要請の両立」に関する整理を取り上げたいと思います。
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